「患者さんごとに最適な解を提示することこそが医療の本質」漢方療法について考える。|磯部先生

2020.11.9

漢方外来について磯部先生の見解と、飯田病院で取り組んでいるスタンスについてご紹介していきます。

-漢方外来はどんな時に行ったらいいのでしょうか。

「いつでもだれでもどうぞ。」というスタンスです。
私の外来は基本的に、対機説法のようなものです。

*対機説法とは?
仏陀が教えを説示する場合,その相手の精神的能力や性質などに応じてそれにふさわしい手段で説法することをいう。
比喩的な表現として「応病与薬」というのと同じ意味である。

私にとって、毎回の診療がいつでも前例のない新しい診療なので、常に迷い、模索し続けている頼りない医者です。
患者さんの病気や健康について一緒になって本気で考えますので、どのような方でも大歓迎です。
漢方処方は患者、医師、診療を受ける病院のどの一つが違ってもご提案する内容が変わってきます。
言い換えると「正解は必ずしも一つではない」と思っていただきたいということです。

患者さんに可能な限り多くの選択肢をご提供すること。
それは健康という観点でも、服用の回数という観点でも、患者さんご家族のサポートできる範囲という観点でも、
多面的な視点から、一番負担にならない最適な解を一緒に考えてご提示するというイメージです。

-飯田病院の中で漢方外来はどんな役割を担っているのか?

手軽に漢方療法を受けられる場となることを目指しています。
現代医療の基本は「検査診断病名」という、患者さんの心身ともに負担をかける可能性があるやり方が前提なのですが、
ヒトの感性を信じて、自然な医療の提供を試みることが漢方だと思っています。

そのため飯田病院の特徴である、患者さんがご高齢であることや、
長期療養中の患者さん、リハビリに通院中の患者さんなど多くの方にとって、大きな助けになる可能性があると思っています。

漢方が良いもの悪いものという概念からではなく、
漢方というものが治療の選択肢の一つにありますよということをお伝えしていきたいと思っています。

-東洋医学と西洋医学の違いについて教えてください。

漢方医は明治時代に廃止されたため、現代日本の医師免許には漢方医という免許はないのです。
反対に、医師免許は一つで、だれでも漢方を使うことができますが。
今までの医学教育の中で医師は、「漢方」を学ぶ機会は皆無に等しかったのです。
では漢方医はどうやって生まれるのか?と言うと、日常診療のある時伝統医学や漢方の事を知って興味を抱き、
医師一人一人が独学で勉強してきた、というのが現状です。

そのため漢方外来は、百人百様なんです。
それで、ここからは私の個人的見解ですが…
本来、東洋医学と西洋医学に違いはなく、人の生命力を信頼し、治癒力を最大限生かそうと努めていました。
ところがここ100 年足らずに生まれた医学の一派が一気に広がり、いつの間にか現代医療の主流となりました。
医学の歴史の中では、現代医学は特殊であり、 異端であると私は思います。
現代医学は、救急医療中心の、いわば戦争災害時医学です。
理工学の分野で成功を収めた自然科学を利用して、劇薬と検査を武器にした非伝統的新興医療です。
まだまだ未発達で発展途上のため、個々人の違いや、細やかな愁訴には気を配れず、必要悪として統計を使っています。
例えば、患者さん一人一人の違いや個別事情はある程度までしか融通されず、ひとまとめとして見ることが当たり前になっています。
いわゆる統計的に、「こうであればこうだろう」「こうなればあれが必要だろう」という具合です。

少し詳しく説明いたします。

現代科学は、自然界の規則的に生じる現象を観察して発達しました。
基本は、二度あることは三度ある、です。
観察結果をもとに、仮説を立て、検証実験をして、法則を導きます。
法則に、例外はあってはなりません。
あったら、その法則は、否定或いは修正されなければいけません。
統計的な記述となる場合は、観測誤差とか、状況がわかっている場合のみであるか、或いは、仮説を導く便宜的な手段です。
有効率何パーセントとか、副作用何パーセントなどという記述は、必要悪で、科学的ではありません。
患者さんが知りたいのは、じゃあ私には効くのですか、それだけです。

ヒトは、あまりに複雑なのです。
もちろん、ほとんど実験ができません。
そのため、ヒトが対象になる場合、往々にして科学よりも芸術的アプローチの方が、有効なことが多いものです。
例えば、人工知能が、ヒトよりも上手に絵を描いて、ヒトよりも感動的な音楽を作曲演奏できるようになるまで、
ヒトにはヒトのアプローチの方がずっと良いのです。

反対に、ヒトがモノに近いほど、科学的アプローチが有効になります。
それが、緊急時です。それが、救急医学や戦争医学の場合になるわけです。
ヒトがヒトである場合、個体差や個性が大きな比率を持っている場合、
現代医学を無理やり適用しようとするので、統計を使わざるを得ないわけです。その時すでに、確実有効な現代医学ではないのです。
数字のトリックで誤魔化すだけになりかねないのです。

芸術は、哲学は、進歩しているのでしょうか?
医学は、進歩しているのでしょうか?伝統医療の医師は、ひたすら腕を磨くのです。

東洋医学は、普通の誰もが考える医療です。
自覚症状を中心に、その時、その場、その人に合わせて、自然治癒力を最大限発揮するよう努める、当たり前の医学の本流です。
幸いなことに、現代の日本の医療制度では、漢方エキス製剤が保険適用となり盛んに使われています。
漢方は、人の感覚を重視した、現代医療の中の最後の砦となっているのです。

感性や感覚という言葉をよく使っていますが、ヒトが感じていると意識しているのは、ほんの一部だということに、注意が必要です。
ヒトには、たくさんの感覚センサーが備わっています。
代表的な五感をはじめ、筋肉にも、内臓にも、本当に多種多様のセンサーがあって、休むことなく情報を取得してヒトに送り続けています。
現代のスーパーコンピューターでも処理できない情報量です。
私たちは、一部を意識的に知覚し、一部をなんとなく、体調とか、胸騒ぎとか、予感とか、として知覚しているだけです。

絶え間ない沢山の情報を処理して体を制御して、私たちは普通に生きています。本当に、素晴らしい能力です。
誰にも、備わっているのです。そして、意識すればするほど、研ぎ澄まさせて行けるのです。
自覚症状を中心に、その時、その場、その人に合わせて自然治癒力を最大限発揮するよう努めることが必要だと思っています。

つい芸術などを例に挙げてしまいましたが、実は、もっと簡単な分かり易い例があります。

食事や料理です。
私たちは、毎日、エビデンスもなく、マニュアルもなく、当たり前の、ある時はありあわせで、食べたい食事を作って暮らしています。

当たり前ですが、普通に暮らせています。
ヒトの感性のわざです。健康管理も同じです。
自分のことは、自分が一番わかるのです。自分のことは、自分が専門家なのです。
寒気がしたら、温まる。疲れたら、休む。
食べ過ぎたら、しばらく食べない。痛いところは、擦る。凝ったら揉んでみる。こんなことを発展させたのが、伝統医学ではないでしょうか?
感性に従い、感性の声を聴く、その手助けの一手段が、漢方でしょう。

例えば、発熱、疼痛、発汗、嘔吐下痢、食欲不振などの症状は、治癒反応であり、生体の大切な情報です。
決して症状を無くすことが治療ではなく、様々な視点から症状と協力して、患者さんごとに最適な解を提示することが求められていると思っています。

簡単にまとめてみます。

ヒトは自然治癒力で普通に生きています。
自分の感性を頼りに、食事をとり、動き休み、眠り、少しぐらいの不具合なら、自分の力で解決しています。
この延長上にあるのが、伝統医学であり、漢方もその一つです。
現代医学はヒトがモノとなってしまうとき、本領を発揮します。
適応が限定的です。
幸い今の日本の医療では、一つの医師免許で漢方薬が使えます。
私たちは、良いとこどりができるのです。
そのお手伝いをするのが、漢方外来だと思います。

飯田病院では現在、薬剤師の募集を行っております。
地域に根ざした病院にて、時代の変化に合わせた新しいことにどんどん取り組んでいって頂きたいと思っております。
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